だまされる脳 回復する幻肢の痛み、後遺症  NOTE #27

  手や足を失ったのに幻の手や足が痛む、幻肢の痛み。脳梗塞のリハビリに鏡を使って、
 動かない手を動いたように脳に理解させ、手の動きを回復させた経済人類学者、栗本慎
 一郎氏。医師で3度の脳出血に倒れ患者の立場になった山田規畝子医師が見る脳の世
 界。脳を読み解き症状を回復させる、インド出身のラマチャンドラン博士の脳科学の世界
 を、「大発見!だまされる脳」TV朝日からまとめました。

  幻肢の痛み 手や足が無いのに痛いと感じる

   デレック・スティーブンスさん(当時19歳)は、バイク事故でがけ下に転落。全
  身強打、肩の当たりで左腕が大きく裂けていた。腕の神経が脊髄から引きちぎられ、
  切断以外に方法はかった。
   手術の後、無い腕に激しい痛みが走った。手を握りつぶすような痛みだったり、手
  に火をつけられたような激痛。その後、10年間デレックさんを、その痛みが苦しめ
  ることになった。ラマチャンドラン博士に出会うまでは。

  脳神経外科医ラマチャンドラン博士

   当時の医学界は、幻の腕の痛みを解決する方法が分からず、無謀な治療が行われて
  いた。医師の中には、腕の先の神経をさらに切断してしまう医師までいた。

   ラマチャンドラン博士は、それは全く意味の無いことで、幻肢の痛みを感じている
  のは、切断面の神経ではなく、腕そのものを司っている脳なのだと断言する。

   サンディエゴのラボ(研究室)で、幻肢の苦しみを解決する方法は、脳にこそあるは
  ずと、研究を続けていた。確信はあったが、身近な患者が少なく実例が少なかった。
  そこで、新聞に「戦争や事故で手足を失った人の協力を求む」と求人を掲載した。
   ラマチャンドラン博士は、脳に原因のある患者を研究するときは、できるだけ患者
  の立場に立って、物を見ないといけない、患者が何を考えているのか、患者の脳に何
  が起こっているのか、常に考えなければいけませんと言う。

  デレックさんとラマチャンドラン博士の出会いでミラーボックスが生まれた

   幻肢の痛みに悩み続けていたデレックさんは、新聞広告を見てラマチャンドラン博
  士の研究所を訪れた。ラマチャンドラン博士は、デレックさんと話している間にある
  ことに気が付く。幻の腕を、現実の腕のように見せるものないか、その時脳にどん
  な変化が起こるのが。部屋を見渡すと鏡に気づく。右手を鏡に映して、上から見下ろ
  せば、左腕が動いているように見えて、脳が錯覚してくれるのではないか。最初は、
  冗談のような発想だった。
   デレックさんは博士の言うとおりこのミラーボックスに腕を入れた。その時の驚きを、
  彼は、はっきりと覚えている。
   「手を入れるとたしかに元気なころの左手が感覚を取り戻したのです。左手が動くの
  を見て圧倒されました。私は、感激のあまり泣いてしまいました。本当に嬉しかった。」
  デレックさんは、この実験装置を自宅に持ち帰り、何度も行うことで次第に幻の腕の痛み
  が消えていった。

  なぜ痛みがなくなったのか

   事故の時の痛みがトラウマとなり、幻の腕の痛みとなって現れていたのが、鏡に映
  る健康的な左手のイメージが脳に送られ、トラウマを排除したのです。

   その後、このミラーボックスは脚用も作られた。

   幻肢に苦しむジェニー・レックスさんは、交通事故で右足を失った。このミラーボ
  ックスを使うことで、痛みが襲ってきても上手く痛みを排除できるようになり、希望
  が持てるようになった。


  ホムンクルスに異変が起こるケース

   ホムンクルスとは、身体が感じる力の大小に比例させて作った立体像。
   感じる力が大きいのは、唇や手だと分かる。

   ホムンクルスの元になったのが1950年代カナダの脳神経外科医ワイルダー・ペ
  ンフィールド博士の研究だった。患者に承諾をとった上で開頭手術で露出した脳に電
  極を当て、脳のどこの部分が体のどの部分の感覚を受け取っているのか調べ、脳の中
  に体の感覚地図を作ったのだ。

   正常な脳の場合、身体の全体像を脳の表面に地図のように区分けできます。大脳皮
  質の中心溝と呼ばれる深いしわの後ろを縦に走る帯に、身体の感覚地図がある。

   ラマチャンドラン博士が発見したのは、この地図に異変が起こるケースである。
   この発見は、デレックさんを始めたくさんの患者を診察する臨床の場で生まれた。

   デレックさんの頬には、幻の手を感じる部分が広がっていた。頬の下のほうを触る
  と幻の手の親指を触られているように感じ、位置をずらすと人差し指、中指、薬指、
  小指まで感じるのである。
   ペンフィールドの感覚地図は、ほとんどが体の形に即したものですが、唯一奇妙な
  例外がありました。それが手と顔の感覚地図が隣り合わせだと言うことです。
   手を失った場合、手からの感覚が届かないので、脳はそれを待ち続けます。顔の感
  覚を司る脳内地図は、隣の手の部分に侵入を始めます。そのため、顔のある部分をさ
  わられると手を触られた感じになるのです。

   この仕組みを聞いて納得したデレックさんは、幻の腕を感じる理由が分かり症状が
  軽くなっていった。
   ラマチャンドラン博士の発見は、幻肢の痛みに苦しむ患者に大いなる福音をもたら
  したのだ。


  鏡による治療で、脳梗塞の後遺症を治した日本人

   経済人類学者の栗本慎一郎氏が、脳梗塞で倒れたのは、政治家、コメンテーターと
  して活躍していた時期たっだ。
   いつものように、早朝の散歩をしていると違和感を感じる。いつも通るなれた道な
  のに景色に見覚えが無い、その時、既に記憶障害を起こしていたのだ。そして、左足
  がたまに引っかかったのが、しょっちゅう引っかかるようになる。何かおかしいと感
  じ病院へ行くためタクシーに乗る。それまでは脳梗塞などとは夢にも思っていなかっ
  たが、行き先を告げたときにその異変に気が付いた。ろれつが回らなかったのである。

   病院で検査をすると損傷部位は、右側の脳の自律神経を司る視床下部の真上にあっ
  た。長さ3.5cm、幅1.5cmの病巣。脳梗塞、左半身に重篤な麻痺をかかえたのだ。

   栗本氏は、その時、全部が終わりではないかと思ったという。妻の芙美子さんは、
  それまで歩けたのが、歩けなくなったので、ちょっとショックでした、とその時を振
  り返った。

   発病から3日目、栗本は眠りにつこうとすると脳の中で不思議な音を聞いた。頭の
  中でマラカスが鳴っているような、シャッ、シャッ、シャッという音。そのままシャッ
  と逝ってしまうのではないかと感じて怖かったです。未だに原因の分からないその音
  の恐怖にさいなまれながら、眠り翌朝目覚めると左まぶたが開かないのを指でこじ開
  けて光がバーッと入ってくるのを感じて、生きていたんだな、という実感がわいた。

   生きたいと必死にリハビリに取り組み左足の機能は徐々に回復していった。しかし
  左手は、通常のリハビリでは、全く動かなかった。
   この時、栗本氏の父親が病気で両足を切断し、幻肢の痛みに苦しんだ患者だったこ
  とを思い出す。父は、足が無いのに、あると感じ、自分は、腕があるのに無いに等し
  い。学者ならではの探究心が彼を突き動かし、神経をつなぐ方法はあるはずだと考え
  た。
   脳から繋げようとしても、切れてるものはつながらない。指から脳に神経回路の情
  報を要求しようとした。そうすれば控え選手として動く神経回路もあるはずだと。
   くしくもラマチャンドラン博士と同じ1枚の鏡を使ったミラーボックスを考え出し
  たのだった。妻に手伝ってもらい動く右手と同じように左手を動かしてもらう。自分
  は、鏡に映った右手を左手のように見ることが出来た。これがとても快感なのだと言
  う。脳が快感を感じていると言うことだ。
   このミラーボックスを使ったリハビリで、わずか4ヶ月で自分で動かせるまでに回
  復した。

   栗本氏は、リハビリ中にラマチャンドラン博士の「脳の中の幽霊」を読んで、自ら
  の治療に確信を得ていった。
   栗本氏は、この本から脳の知覚、感覚、目の感覚についても、いろいろ教えてもら
  いましたと語った。

   現在栗本氏は、東京農業大学で教授として復帰し、素晴らしい回復と復帰を果たし
  ている。

  ラマチャンドラン博士の生い立ち

   父は、国連の外交官。母の家系には医者や科学者が多かった。
   幼い頃から、科学に興味を持ち、化学や生物学の実験を毎日楽しんでいた。棒磁石
  の上に紙を敷き、その上に砂鉄をまいて磁力線に沿って砂鉄が並ぶのを見て、目を輝
  かせる少年だった。単純な実験からたくさんのことを学んで行った。

   ラマチャンドラン博士は、言う、
   「単純な因果関係の連続が複雑な現象を生み出すのです。科学を理解する上で最も
  重要なことです。」

   高校生になると、更に好奇心が膨らんだ。惑星には、なぜ土星にだけ輪があるのか、
  なぜおたまじゃくしは、足を切ってもまた再生するのに、蛙は再生しないのか。素朴
  な疑問がとめどなくわいて来た。

   「よく、科学を志すものには好奇心が必要だと言います。でも、それだけではダメ
  なんです。病的にまで、好奇心を持つことが必要なんです。好奇心の固まりでなけれ
  ばなりません。私は、並外れて好奇心が強かったのです。」

   大学受験では、父の強い勧めでインドの医科大学を選んだ。しかし、科学や物理に
  興味を持っていなかったわけではなかった。
   ある神経科の実習で出会った一人の患者が、進む道を決定付けた。その患者は、脳
  の発作のため、激しく笑ったかと思うと、次の瞬間には激しく泣き出すという繰り返しが、
  短時間の間に起きるという症状を持っていた。それを見て脳神経学に非常に興味を持
  ったのだ。
   「人間の体のなぞは、全て脳を見れば分かるのではないか」と研究を始め、19歳
  で論文を発表した。
  「カラーフィルターの影響を受けない 裸眼立体視現象」(スタンリー医科大学〔マド
  ラス〕、ラマチャンドラン)
  この論文は、権威ある科学雑誌「Nature」に掲載された。

   後に名門ケンブリッジ大学(イギリス)に招聘されることになった。ケンブリッジ
  大学で医学、神経学、生理学の博士課程を終了。オックスフォード大学医学部特別研
  究員となり渡米する。

   「何よりも面白かったのが脳神経学です。脳神経学は、自分を知ること、そのものな
  のです。『自分とは一体何者なのか?』人類が自問してきた世界一古い哲学。それを
  科学的に検証するわけですから。」

   "Phantoms in The Brain" [ファントムズ イン ザ ブレイン]
  (
「脳の中の幽霊」)を出版したのは、1998年、47歳の時だった。8か国語に翻訳
  された。

  養老 孟司(解剖学者)が読む「脳の中の幽霊」

   インド出身なので、西洋型では考えないことを考えます。
   ラマチャンドラン博士には、先進性がある。
   一番大きいのは、脳を細かく論理的な組み立てとして理解していくだけでじゃなく
  人間全体のシステム的に理解しなければならないということが、身についているとい
  う感じなのです。将来の脳科学を先取りしている面もあります。

   ミラーボックスの秘密

   視覚の入力(視覚から脳に入る情報)が人間の場合、4割を超えていると言われて
  いる。その4割強を補償してあげると、脳の感覚のバランスが回復する、それで痛み
  が取れたり、かゆみがとれたりする。

   だまされる脳

   デスマスクを作るときに使うへこんだ顔の型を見ると、人間の脳は、顔をかたどる
  線だけを重視し、へこんでいるのに、盛り上がっているように錯覚してしまうもので、
  我々は、顔がへこんでいると言う認識を持っていなのです。

   自分の体についてよく知っているつもりでも、よく分かっているつもりでも、ラマ
  チャンドランの本でも分かるように、全てにそれはファントム(幻)なのです。安心
  して世界は、こうだと思っているのは、実は、自分の脳が創っている世界。脳は、そ
  ういったものだと理解しなればいけない。
   人間の世界は、幻、あるいは幽霊と指摘しているラマチャンドランの一番大切なポ
  イントですよね。

   まるで奇跡のように幻の手や足の痛みを消してくれたラマチャンドランのミラーボ
  ックスは、脳梗塞の後遺症にも確かな効果をもたらしてくれる。


  ラマチャンドラン博士が見る栗本氏のミラーボックスのリハビリ風景

   「ある感覚神経を別の感覚神経で代用することで、成人の脳に刺激を与えることが
  可能であることが証明できたと思う。」   

   「今では、様々な分野で応用されるようになり、目の見えない患者の触覚神経を刺
  激することで、見えると感じられるようになったケースもあります。
   この方法は、無限の可能性があるのです。」


  整形外科医が高次脳機能障害の患者に、そして体験を著作に

   山田規畝子さんは、3度にわたる脳出血を体験し、左半身麻痺、重い記憶障害、様
  々な後遺症と戦っている。現在、香川リハビリセンターで脳障害の患者や家族、看護
  士の会にたびたび講師として招かれて、患者を励ましている。
  「1年後には、もっと良くなっていると申し上げたい。お互いに頑張りましょう。」
  感動して涙する患者さんも「前向きに生きていこうと感じた」と感想をもらし車椅子
  の車輪を進めた。

   日々の生活は、10歳の息子、真規君が助けてくれる。

   整形外科医だった規畝子さんは、
「壊された脳生存する知」という著書を出版し
  医師として患者として、患者になって初めて知った脳障害の実態、そして苦しみをつ
  づっている。
   「靴のつま先とかかとを逆にはこうとする。和式便所に足を突っ込む。知能の低下
  はひどくないので、自分の失敗が分かる。失敗した時、人が何を言っているかも分か
  る。だから、悲しい。一向にしゃんとしてくれない頭にイライラする。」

   今思い返せば小学校時代から、既に症状があった。枕に頭を押しつけると頭の中で
  サーサーサーと血の流れる音が聞こえていた。しかし、みんなそうなのだろうと思っ
  ていた。高校二年の時の体育の授業で頭に手をやると力が入らなくなり、腕がだらり
  と垂れ下がった。そのときは、一瞬のことで誰にも言わずにいた。その後、東京女子
  医大に入学し国家試験の直前に発作が起こった。後頭部の痛み、左腕の痺れ、23歳、
  脳出血だった。この時判明した持病は、もやもや病(ウィリス動脈輪閉塞症)だった。
  これは太い血管の代わりに細かく詰まりやすい、切れやすいもやもやした血管が脳の
  画像に映るためこう呼ばれている。規畝子さんは、この時は症状が軽く整形外科医と
  してデビューした。

   結婚そして、真規君を育てながら順調に生活が続くが、再発の不安を持っていた。
  ある晩、寝ていると気分が悪くなる。切れたかも知れないと思い、這いながら自分で
  救急車を呼んだ。この時、再び脳出血、そして脳梗塞を併発していた。右頭頂葉の後
  ろの血腫を摘出。その結果、高次脳機能障害となってしまった。脳の機能の認知、記
  憶、言語、思考、感情、行為、行動のなかの、3つ(認知、記憶、思考)を奪われて
  しまったのだ。この時、真規君は、母親の手術中ずっと暗い廊下で待っていたと言う。
  規畝子さんは、真規君のそのときを思うと胸が痛むと子供への思いをにじませた。

   規畝子さんは、見たものが平面に見えてしまう。食事のときも、持ったお椀を元の
  位置に戻すのに空いている場所が区別できない。平面的に見えるので、大きなスープ
  のお皿が広く空いているように見えてしまう。また、時間の約束も時計の長針が1を
  指していても、5分だということが分からない。短針は、数字との距離が遠いのでど
  こを指しているのか分からない。
   立体感覚の機能は、頭頂葉で行われている。その部分を摘出したため機能の障害が
  起こってしまった。見えている形もある程度分かるけれど、正確に組み合わせること
  が出来ずに平面に見えてしまう。

   様々な約束事が分からなくなっていた。新聞を読んでも、次の段が分からない。階
  段が縞模様の壁に見えてぶつかるようで怖くなる。リハビリをして手すりを使い何と
  か上れるようになった。様々な決まりごとが忘れられていた。

   退院の時、担当の医師に「余生は、趣味のことなどをされてのんびりと暮らされれ
  ばどうか」と言われてとてもショックを受けた。34歳にして余生と言われたくない
  と、真規君のために強く生きようと、余生になってたまるかという気持ちになった。
  
「神経心理学の挑戦」という本を読むとそこには、「生物の行動というのをみると、
  これは基本的に全部記憶なんです。」と書いてあった。そして、その一文で理解した。
  自分は、記憶がどこかに消えてしまっていると感じる。これから溜めていこう。そし
  て、ライバルは息子だと奮起した。


   病気になったときの態度を教えてくれる本 養老孟司

   病気になったら死んだ方がいいという考えがあるが、よく考えてみるとこういうこ
  となんだよ、ということをこの「壊された脳生存する知」は、教えてくれる。
   医者が患者の立場になって書いたことが、医者にも患者を良く知る上で非常に役に
  立つ、患者としてもどうやって病気と闘っていけばいいか教えてくれる。

   三度目の発作が襲った。そして息子は「生きていてくれるだけでいいよ」と

   パソコンで原稿を書いている時、少しミスタッチが多くなってきたと感じた。する
  と左手が動いていない、左足に力が入らない。
   この時、右側前頭葉、側頭葉に血の固まりが直径8cm、150g。
   6cmを超えると通常意識が戻ることがなく、一生寝たきりになる場合が多いとい
  われているが、奇跡的に生還した。この時の損傷部位は、右脳前頭葉、頭頂葉、後頭
  葉、大脳基底核、視床にも及んでいた。左半身麻痺、半側空間無視の症状がでていた。
  見えてはいるのだが、左側の認識が出来ないという症状だった。絵を描くと左側が描
  けない。口紅も左側が塗ることができなかった。
   この時、真規君は落ち込む母に「何も出来なくていいよ、生きていてくれるだけで
  いいよ。」と励ましていたのだった。

   規畝子さんは、ラマチャンドラン博士の「脳の中の幽霊」を読んでいた。面白かった。
  そして、ラマチャンドラン博士に聞きたいことがあると。
   テレビでその願いが叶った。
   「半側無視の症状は悪化しないのですか」と問う規畝子さんのビデオにラマチャン
  ドラン博士は、
   「左側の無視は、徐々に自然に回復されていきます。悪化することは非常に稀。心
  配することはない。」
   規畝子さんは、博士の回答にそれまでの不安を払拭したようだった。


   規畝子さんは、「これからも楽しく暮らしたい。息子が一人立ちするまで何らかの
  力になれる母親でいたい。」と力強く語った。その傍らに座っている、真規君にス
  タッフが将来は何になりたいのか聞くと、とても恥ずかしそうに照れて「い・・・、
  医者・・・!」と言った。何故かという問いには、「おじいちゃんも医者だから」と
  やはり照れながら言う。そこには医師としての母親への尊敬を抱いている10歳の息
  子が映っていた。



   情報閲覧に関するご注意

[参考 TV朝日 大発見だまされる脳 2004/12/12]




 @文中へ戻る




 A文中へ戻る




 B文中へ戻る



栗本慎一郎の脳梗塞になったらあなたはどうする
―予防・闘病・完全復活のガイド




脳梗塞―最新治療&リハビリガイド
聖路加国際病院健康講座





Knowledge Notes内の関連情報
INDEX: 脳・記憶

○ニンニクのアホエン効果
○記憶力アップと脳の疲労解消
○ボケないためのワーキングメモリー/スパイン活性化
○卵で風邪予防、脳力アップ
○ココアのリグニン、テオブロミンの効果
○記憶と脳のサイエンス
○特製ドリンク
その他 脳・記憶 関連情報あり